2018ソバの花
   (昔の畑跡に咲くソバの花)
峯山周辺は、昭和30年代のいわゆる燃料革命がおこる前は典型的な里山でした。
山にはクヌギ、コナラが植えられて燃料として利用され、平らなところは頂上付近まで畑として耕されていました。里山とは地元の人たちにとって生活に欠かせない資源であったわけです。
そのため常に人の手が入る二次的自然が形成されていました。けっして手付かずの原生林ではありません。しかし、里山の価値がなくなったと同時に人の手が入らなくなり山が荒れてきました。
里山については、山の緑に一切手をつけてはならない、あるいは自生している植物以外は一切持ち込んではいけないと主張する人が少なくありません。
そんなことをしたら山は荒れ放題に荒れます。つまり、私たちが活動をはじめる前の状態に戻り、いずれ照葉樹の生い茂る暗い森となるでしょう。いや、その前に全山竹藪化して、生物多様性と真逆な山となること必然です。
そんな意見の対立を避けるには、里山を現代社会に適した形に再定義する必要があります。
私は「里山とは住民にとって有用な山」であるとシンプルに定義しています。
子どもが安心して遊び回れるところ。高齢者も安心、安全に山歩きが出来るところ。四季おりおりの木々の花や草花をめでながら、海や山の景色を楽しみ、そして摘み草や山菜取りもできる場所。こんな里山であればコロナ騒ぎで家に閉じこもってウツになる心配もありません。
大勢の人々に喜ばれる場所であれば、そこを維持管理するボランティアにとってもやりがいのあることになります。
私たちも私たちの里山を持つことで生活を豊かにすることができます。そして私たちの役目は、それを実現することにあると思っています。県や市の意向は分かりませんが。