里山エッセイ・鎌倉峯山の四季

峯山の四季折々の状況と活動内容をお知らせします。

210209豆まき

今年の立春は2/3でした。立春の前日に行われる節分は追儺(ついな)といわれ、豆を撒きます。
なぜ豆を使うのか諸説ありますが、一番もっともらしいのは、古来人間にとって重要な穀物である、米、豆には魔力があると信じられており、この魔力で難(鬼)を払うということだそうです。そこで考えました。峯山で大事な穀類といえばドングリです。豆と一緒にドングリを撒けば、家の難と峯山の難も退散させられる。ついでにCOVIDー19も。
豆まきを始めたのは夜9時半ころでした。何か所かでやった後、最後に玄関で豆まきします。他の部屋は、雨戸が古いのでガタ、ガタ、ドシャですが、玄関はレール付きの引き戸なので、ガラガラ、ピッシャンとうまくいきました。豆まきは、こうでないといけません。峯山の会を代表して私が豆まきをしましたので、今年の峯山の会の活動は、コロナにも罹らず順調に行われるはずです。まずは目出度い。しかし、この愛らしい行事は今や絶滅危惧種のようです。私は毎年やっているのですが、耳を澄ませても、どこからも声が聞こえません。せめて我が家だけでもと思い、恥を忍びながら大声を上げているのですが、なかなか伝搬しません。メディア情報を眺めるだけで、自身の行動には結びつけない。何やらボランティア活動に似ているようで嘆かわしい。COVIDー19では、行動変容を求められていますが、それは他の分野にも沢山あるように思えます。
いささか話しが大袈裟になりました。これは先日、山に来た子どもたちの姿のせいかもしれません。
昔から子どもはチャンバラごっこが大好きですが、近頃は鬼滅の刃の影響か激しくなっています。
棒をもって立ち木を叩いて回っています。雑木林にしようと移植した若木がめった打ちにされます。
「これは君たちのために植えたものだよ」といっても通じる相手ではありません。こんな行動変容は迷惑そのもです。そこで、ボーダーで防御しようかと思案中です。

210121伐根
伐根(ばっこん)とは林業用語です。木を根っこごと引き抜くときに使います。竹を皆伐したあと、日が当たるといろいろな木々が芽をだします。特に多いのはアカメガシワ、ニワトコ、ヒメコウゾウ、カラスザンショなどです。まあ、云ってみればザツボクです。枯れ木も山の賑わいで、今まで放置してきましたが、4年目となると木々も太くなります。このままにしておくと、取り除くのが難しくなるので、今年は不用な木を伐根することにしました。
まず、腰高位に伐採します。次に根の周りを掘って根をむき出しにします。そこを鋸で切断し、鍬で掘り起こします。それから幹を掴んで倒します。
大抵はこれで片付くのですが、直根(いわゆゴボウ根)が深く入っている場合は根切りが大変です。
さらに厄介なのはカラスザンショのようにトゲだらけの木です。なぜこれ程までに武装するのかと悪態をつきながら格闘する羽目になります。写真のようにロープをかけて引き倒すしかありません。
この寒中でも2,3本倒すと汗がでます。しかし、どこかのジムでお金を払って汗をかくよりずっと気分がいいです。
コロナの影響で運動不足となり、ロコモになる人が増えているそうです。ロコモ対策には峯山で伐根作業をすることをお勧めします。女性のダイエットにも効果がありそうです。
やって見たい方は、峯山の茶畑に行ってみて下さい。腰高に切った木に赤いリボンを結んであります。これを片っ端から抜いて下さい。気分が爽快になります。その上、何年か後にはここが心地よい雑木林になることが期待できます。

201230門飾り


写真は、我が家の正月の門飾りです。
左右の門柱に例年の通り峯山から切り出した竹を加工して取り付けました。
ところが大失敗です。新年そうそう恥をさらすことになりますが、参考までに経緯をお伝えします。
まずは、頃合いの太さのきれいな竹を見つけて適当な長さに切って家に持ち帰ります。寸法を決めて両端を揃え、花入れのための窓を開けます。この時に最初の異常を感じました。竹の内側がかなり汚れています。腹黒い竹はお目出度くないから止めようかと思ったのですが、すでに30日、まあ、こういうこともあるかとそのまま加工を進めたのが失敗でした。
完成した後、松にロウバイ、彩りにセンリョウを差し込んだところまではよかったのですが、筒に水を入れたら何んとジャーと水が落ちてきます。ポタポタではなく殆ど素通り状態です。
慌てて筒を覗いたら、底に1mm程の穴があいています。3本作ったのですが全部がそうなっています。虫食いの竹だったようです。こんなことははじめてです。

しばらくぼんやり眺めていました。今さら作り直す余裕はありません。さあどうするか。
この時に浮かんだフレーズは次の通りです。
1,お前の目は節穴か。今年は門飾りを止めてしまえ。
2,この一年を象徴する出来事ではないか。こんな底の抜けたものは放り出してしまえ。
3,穴があいて先が見えるのはレンコンと同じで縁起物ではないか。
結局3案を採用し、ドライフラワーになるのを承知の上で使うことにしました。
果たして、この門に福は来るのか。取り敢えず、節分に福は内と大声で叫ぶことにしますか。
教訓:何事も見かけで判断してはいけない。中身が大事だ。

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